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最高裁判所第三小法廷 昭和25年(オ)56号 判決 1952年3月18日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人下島しづ、同梶愛子の代理人川口庄蔵の上告理由は、末尾の書面記載のとおりであつて、当裁判所は、これに対し次のように判断する。

上告理由第一点について。

原判決は、挙示の証拠によつて論旨摘録の(一)乃至(四)の事実を認定した上、これらの事実を綜合して、上告人梶愛子において上告人下島しづと竹村一郎との間の本件建物の売買が虚偽表示であり、上告人下島しづが真実の所有者でないことを知りながら右建物を買受けた悪意の第三者であつたことを推断したものであつて、証拠によつて認められたこれらの事実を綜合すれば、前記のように推断し得られるのであるから、原判決には採証上の違法はない。所論は、綜合された前記(一)乃至(四)の事実を各個に分離してその一つ一つによつては原判示の事実を認定するに足りないとする独自の見解によつて、原審が適法にした綜合判断を非難するに外ならないので採用することができない。

同第二点について。

民法七〇八条にいう不法の原因のためになされた給付とは、公の秩序若しくは善良の風俗に反してなされた給付をさすものであり、債務者が債権の執行を免かれるため他人と通謀し自己所有の不動産を売買に仮装して他人の所有名義に登記をしても、それが「家資分散ノ際ニ於ケル如ク犯罪ヲ構成スル場合ヲ除クノ外」民法七〇八条にいわゆる不法の原因に基づく給付というを得ないことは、従来大審院判例(明治四一年(オ)三六九号同四二年二月二七日第一民事部判決大正一〇年(オ)五五五号同年一〇月二二日第三民事部判決)の示すところであつて、今にわかにこれを変更すべき必要を認めない。ただ昭和一六年法律六一号は、刑法九六条ノ二を新設し、強制執行を免かれる目的で財産を仮装譲渡することを犯罪として処罰することとしたので、右規定の施行された昭和一六年三月二〇日以後なされたかかる行為は、民法七〇八条の不法の原因のためになされた給付に当るものとして、給付者において給付の返還を請求し得ない場合があることはいうまでもない。ところが、原判決の確定した事実によると、被上告人(原告)先々代竹村一郎は、本件不動産が執行等によつて債権者の手に帰するのを免かれるため、上告人(被告)下島しづと合意の上、登記面の所有名義を下島しづに仮装し置くこととして、大正一五年七月二四日同人名義に保存登記をしたというのである。されば、本件の仮装登記は前記刑法の新設規定施行の日から約一五年前になされたものであつて、その当時においてはかかる行為は、いまだ犯罪を構成しなかつたばかりでなく、判例によつても公序良俗違反の行為とは認められないで、これに対しては民法七〇八条の適用はないものと解されていたのである。

そして同条は、実体法上の請求権の有無を規定したものであつて、手続法の規定ではないから、同条の不法原因に当るか否かは行為当時の状況を標準として判断すべきことはいうまでもない。それゆえ原審がその認定した事実に対し、民法七〇八条を適用しなかつたことは正当であつて、原判決には所論のような違法はない。

同第三点について。

論旨は、本件に民法七〇八条の適用あることを前提とするものであるが、同条の適用がないことは前論点に対し説明したとおりであるから、所論は理由がない。

よつて、本件上告を理由ないものと認め、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致した意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

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